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東京地方裁判所 平成5年(ワ)7348号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

小宮圭香

小宮清

桃川雅之

奥條晴雄

右訴訟復代理人弁護士

谷口嘉宏

被告

乙川二郎

右訴訟代理人弁護士

松村彌四郎

主文

一  被告は、原告に対し、金八〇万円及び内金一〇万円に対する平成三年八月二三日から、内金三五万円に対する平成三年一一月一日から及び内金三五万円に対する平成五年三月三一日から、各支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三一〇万円及び内金五〇万円に対する平成三年一一月一日から、内金六〇万円に対する平成五年三月三一日から、内金二〇〇万円に対する平成三年八月二三日から、各支払済みまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が原告に損害を与えることを目的として事実を捏造したうえ、平成三年八月二三日、原告を相手方とする損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一一六六七号、以下「前訴事件」という。)を提起したことにより、原告は精神的及び経済的損害を被ったとして、原告が被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料等の損害合計として金三一〇万円と、内金五〇万円(前訴事件における弁護士費用のうち着手金相当額)に対する平成三年一一月一日(右金員支払日)から、内金六〇万円(前訴事件における弁護士費用のうち報酬金相当額)に対する平成五年三月三一日(右金員支払日)から、内金二〇〇万円(慰謝料相当額)に対する平成三年八月二三日(不法行為である前訴事件の訴え提起の日)から、各支払済みまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

一  争いのない事実

1  被告は、原告に対し、平成三年八月二三日、不法行為による損害賠償請求権に基づき四八三万円(うち慰謝料四〇〇万円・弁護士費用八三万円)等の金員の支払を求めて前訴事件を提起したが、平成四年一〇月二九日、被告の右請求を棄却する旨の判決が言い渡され、その後、右判決は一審で確定した。

2  被告の前訴事件における請求原因は、要旨、次のとおりであった。

日本人男性である被告と韓国人女性である訴外B(以下「B」という。)は、昭和六〇年九月三〇日婚姻届を出し、昭和六一年七月六日Bは来日し、一旦被告の住所地に落ち着いたが、その後間もなく、貯金して自分達の店を持ちたいとの希望もあって、被告は、Bのために、Bがホステスとして稼働を開始した大宮市内所在の韓国クラブ「S」の近くにアパートを借りてやり、半分別居のような生活を送っていた。昭和六一年暮ころ、被告は、Bから、身体の具合が悪いので韓国に帰りたい旨の電話を何回か受けたことから、同女が韓国に帰っていると思っていたところ、Bは原告と同棲生活をしていた。被告が右事実を知ったのは、平成三年の夏ころ、原告のもと妻であった訴外A(以下「A」という。)の被告に対する損害賠償請求事件(東京地方裁判所平成三年(ワ)第七四三七号)の訴状が送達されてからであった。

Bの話では、原告はBを騙し、手ごめにし、脅迫して同女のパスポートを取上げたうえ、暴力を使って同棲生活を強要していたとのことであった。被告は、原告に対し、激しい怒りを感じるとともに、原告によって被告とBとの婚姻生活は完全に破壊された。よって、慰謝料等四八三万円等の支払を請求する。

3  右請求に対する前訴事件の確定判決(同判決では、第三事件と表記されている。)の理由の要旨は、次のとおりであった。

原告(前訴事件被告)は、韓国クラブ「S」でホステスとして稼働していたBを知るや、同女に対して愛情をもって接し、かつ、金銭的にも相当の負担をしており、Bも原告との性的関係はその任意の意思によるものであることがうかがわれ、本件全証拠によっても、被告二郎(前訴事件原告)主張の如く原告が被告の戸籍上の妻であるBに対して、脅迫し、暴力を振るうなどして情交関係を持つに至ったものであることは到底認めることができず、更に原告が他に不穏当な方法によりBに対し情交関係を迫ったことを認定することもできない。

しかして、更に認定の諸事実等に徴すると、むしろBが原告に対し、Bと被告の婚姻届は偽装結婚である旨の言動を行ったため、原告は右言動を信じてBとの同棲を継続しているところ、原告との性的関係の誘起につきB側の役割は軽視することができず、かつまた、B及び原告相互の自然な愛情により右性的関係が生じたことも否定できず、更に被告とBの婚姻生活は形骸化しているうえ、被告が、右Bと原告との交際を黙認していたのではないかとの疑いを払拭することもできない。

以上によれば、原告のBと情交関係を持つ行為を被告に対して向けられた違法な行為と評価することはできない。

してみると、被告がBに対してその不貞を問責するのはともかく、本件全証拠によっても、原告が被告に対して不法行為を行ったことは認めることはできず、その余の点について検討するまでもなく被告の前訴事件の請求は失当である。

二  争点

1  被告の原告に対する前訴事件の提起が不法行為となるか否か。

2  原告の損害の有無・額

3  争点に関する双方の主張

(原告の主張)

(一) 被告が前訴事件において請求原因として主張した事実は、Bと共謀して悪意をもって捏造した、虚構の事実である。すなわち、被告とBとの婚姻はBに日本在住資格を得させることを目的とした偽装結婚であり、仮に右両名に婚姻意思があったとしても、Bの来日時には既に婚姻関係は破綻しており右両名とも婚姻継続の意思を放棄していた。そして、被告は、Bが原告と同棲生活を開始、継続していたことを右同棲生活開始の当初から認識し、異議を述べなかったうえ、これを積極的に容認していたのである。

したがって、被告がBの夫として精神的苦痛を受けたということはいえず、被告には保護利益がなかった。

(二) 被告は当初から、Bが原告から精神的又は経済的に多大な寄与を受けていること及び請求原因として主張した前記事実が虚偽の事実であることを熟知しながら、故意又は重大な過失をもって、Aと被告との間の東京地方裁判所平成三年(ワ)第七四三七号事件を有利に誤導するために(あるいは原告に不当な被害を与える目的のために)前訴事件を提起したのであって、原告は、被告の右事件の提訴により応訴を余儀なくされ、かつ精神的経済的損害を被った。

(三) 損害

(1) 慰謝料 二〇〇万円

(2) 前訴事件における応訴弁護士費用 合計一一〇万円

着手金(実費一切を含む)

五〇万円(平成三年一〇月三一日支払)

成功報酬

六〇万円(平成五年三月三一日支払)

(3) 損害額合計 三一〇万円

(被告の主張)

被告が前訴事件を提起するに至った理由は、前記一(争いのない事実)の2のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件は、前訴事件において敗訴の確定判決を受けた被告による前訴事件の提起自体の不法行為の成否が問題になっているところ、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるためには、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合に限られるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六三年一月二六日第三小法廷判決・民集四二巻一号一頁)。

そこで、被告の原告に対する前訴事件の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合といえるかどうかについて、検討する。

2  前記争いのない事実に証拠(甲一の一・二、二、三、五、二一の一・二、二二、二四の一、二九、乙一、六ないし九、原告本人、被告本人)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)(1) 韓国籍を持つB(昭和三七年生)は、かねて日本で生活したいとの希望を有していたところ、韓国ソウル市において、被告の兄である訴外乙川一郎と知り合い、同人に相談した結果、被告(昭和三〇年生)を結婚の相手として紹介され、同人との結婚を承諾した。そして、被告は、昭和六〇年九月三〇日、被告の住所地のある東京都荒川区役所へその婚姻届をした。

その後、Bは、昭和六一年七月六日、被告の配偶者との在留資格で日本に上陸し、間もなく生活の本拠を埼玉県大宮市内に移し、同市内に存在する韓国クラブ「S」で稼働するようになり、昭和六一年七月下旬ころ、右クラブの客として訪れていた原告(昭和二四年生)と知り合い、親密の度を深めるに至った。

(2) 原告は、Bに好意を抱き、昭和六一年八月ころから、当時Bの居住していた埼玉県大宮市植竹町〈番地略〉Cコーポ二〇一号室にて同棲を始めて情交関係を結び、さらに昭和六三年九月ころ、同県上尾市泉台〈番地略〉Dハイツに転居した後も同棲を続け、以後平成二年七月ころまで情交関係を継続した。原告は、その間のBの生活費を負担した。

(3) Bは、平成二年七月下旬ころ、置き手紙(甲第一三号証)を残して原告の許を去った。

(二)(1) Bは、昭和六三年七月二七日ころ、持病の糖尿病により昏睡状態に陥り、大宮赤十字病院に一か月以上も入院した際、原告及びその母親の付添看護を受けた。しかも、右治療費や入院費は原告が負担した(もっとも、保険証自体は、被告名義のものが使用された。)。

(2) また、Bは、前記同棲期間中、数回にわたり原告を伴い韓国に帰国してその実家に赴き、自己の親族に対し原告を紹介するなどした。

(3) 原告とBは、韓国の他にもサイパン等に同伴して旅行に出掛けたことがあった。

(三) 他方、被告は、Bとの婚姻届を出したものの、夫として韓国に在住しているBの家族と面談した形跡もなく、しかも原告と同棲していたBの居所を訪問したこともなかった。

被告は、Bが大宮のアパートに住むようになってから一、二か月した後には、Bが別の男性と付き合っていると感じた。そして、Bが糖尿病により昏睡状態に陥った状態で入院した際にも、同女が別の男性と付き合っているとの理由から見舞うこともしなかった。

また、被告は、Bが付き合っていた相手の男性が誰であるのかについて調査したり、その男性に対してBとの関係について抗議等をしようとしたこともなかった。

(四) Bは、昭和六一年から平成二年までの間に五回、ビザの更新をした。右ビザの更新には被告が立会った。また、ビザの更新の際には、被告の戸籍謄本、納税証明書、在社証明書等が必要とされた。

なお、Bは、昭和六一年一二月に六月の在留許可を、翌六二年六月、同六三年六月及び平成元年六月にそれぞれ一年の在留許可を、平成二年七月に三年の在留許可を、それぞれ取得した。

(五) 原告の妻であったAは、平成三年にBに対して、同女が原告と情交関係を結んだため、Aと原告の婚姻関係が破綻して離婚に至ったとして不法行為に基づく慰謝料請求事件(東京地方裁判所平成三年(ワ)第一九〇四号事件、以下「第一事件」という。)を、さらに、被告に対して、被告がその妻であるBの右不法行為を積極的に容認したとして、不法行為に基づく慰謝料請求事件(東京地方裁判所平成三年(ワ)第七四三七号事件、以下「第二事件」という。)をそれぞれ提訴したところ、被告は、原告に対して前記第二の一の2の記載の理由に基づき前訴事件を提起するとともに、同四年になって、Aに対し、第二事件が不当訴訟であるとして不法行為に基づく慰謝料等反訴請求事件(東京地方裁判所平成四年(ワ)第四八四四号反訴事件、以下「第四事件」という。)を提訴した。

右各事件は、併合審理され、東京地方裁判所は、平成四年一〇月二九日、第一事件についてAの請求を一部認容したほかは、各事件原告の請求を棄却し、前訴事件は、一審で確定したが、その余は控訴され、東京高等裁判所において、平成六年三月一七日、いずれも控訴棄却の判決がされた。

3  右事実を前提にして、前訴事件提起当時、被告とBとの間に、原告によってBとの婚姻関係を完全に破壊されたことを理由として原告に対し慰謝料を請求しうるだけの婚姻関係の実体があったかどうかについて検討する。

(一) 前記事実、とりわけBが来日して間もなく、被告とBは別居するに至り、その後Bは原告との同棲生活を始めるに至ったこと(なお、被告は、Bが来日してから一か月ほど同居していた旨供述するけれども、Bが来日したのは昭和六一年七月六日であり、前認定のとおり、その後間もなくBは、大宮市内の韓国クラブ「S」にて稼働したこと、証拠(甲一の一・二、原告本人)によれば、Bは来日後右クラブにて稼働するようになるまでの間に東北や京都に旅行に行ったこと、右旅行は被告を同伴したものではないことが認められることからすれば、被告とBが仮に同居することがあったとしても、その期間はごく僅かなものであったと認めざるを得ず、被告の右供述は直ちに採用しうるものではない。)、被告はBの居所を一度も訪れたことはなく、しかもBが糖尿病により昏睡状態に陥り入院した際にも見舞うことすらしなかったこと、原告とBとの同棲生活は四年近きにわたる長期的なものであり、かつ被告は、Bが別の男性と付き合っていたことに気付きながら、前訴事件提起に至るまで、Bに対し、同人が別の男性と付き合っているのかどうかについて問い詰めたり、Bから相手の男性のことを聞き出す等の行為に出た形跡はなく、そのままBの相手の男性との関係の継続を放置していたというに等しいこと、被告は、その上申書(乙第四号証)において、昭和六一年暮ころBから、身体の具合が悪いので韓国に帰っているとの電話を受け、同人が韓国に帰っていると思っていた旨述べながら、本訴においては、Bが最後のビザ更新時(平成二年七月)まで大宮のアパートに居住していると思っていた旨供述しており、その内容に矛盾があるばかりか、前認定のとおり被告はBのビザ更新に立合いながら、その際、被告がBの生活状況、所在場所を確認するようなことをした形跡もなく、被告のBの生活状況全般に対する無関心さが強くうかがわれることを総合して判断すると、被告とBとの婚姻生活は、実質的婚姻意思を全く欠き単にBに日本への在留資格を得させるという目的だけに形式的になされたという意味での偽装結婚であるかどうかは別としても、Bの来日初期の段階から形骸化した状態にあったものと認めるのが相当であり、被告は、右形骸化の事実を認識認容していたものと認めざるを得ない。被告は、現在はBと同居している旨供述し、その旨の証拠(乙第二二号証の一ないし一一)を提出する。しかし、証拠(甲二、三、被告本人)によれば、被告は、その兄である乙川一郎の住所地の近隣に居住し、同人の仕事も手伝ってきている状態でありながら、乙川一郎は、平成四年七月の時点で、Bの所在を把握していなかったことが認められ、右事実によれば、平成三年八月当時において被告とBとが同居していたかどうかについて重大な疑義を抱かずを得ない。そして、その後、被告の供述どおり被告とBとが同居を開始したとしても、右認定を左右するものではない。加えて、被告は、前訴事件において、原告本人として尋問を受けている(甲二)が、証拠(原告本人)によれば、被告は、その後の証拠調期日が続行され、三回の呼出を受けたにもかかわらず出廷しなかったことが認められるところ、被告の右対応は、Bとの婚姻関係が破壊されたことを理由として訴訟を提起して損害賠償を求めた者の態度としては、到底理解し難いところである。

(二) なお、被告は、被告が前訴事件において慰謝料を請求したのは、Bから、原告がBを騙し、手ごめにし、脅迫して同人のパスポートを取り上げたうえ、暴力を使って同棲生活を強要していたとの話を聞いたことに基づくものである旨主張している。

しかしながら、前記事実によれば、原告は、韓国クラブ「S」でホステスとして稼働していたBと知り合うに至り、同女に対して愛情をもって接し、かつ金銭的にも相当の負担をしていたこと、原告とBが昭和六一年八月ころに同棲生活を始めて、平成二年七月にBが原告の許を去るまで、およそ四年間にわたる同棲生活を送っていたこと、原告とBは同伴して、Bの韓国の実家を訪れた他、一緒に旅行もしていたことからすると、原告とBとの情交関係はその任意の意思によるものであると認められ、本件全証拠によっても、原告がBを騙し、脅迫し、暴力を振るうなどして情交関係を持つに至ったものであるとは到底認めることができず、さらに原告がBに対し、他に不穏当な方法により情交関係を強要したものと認めることもできない。

(三) してみると、被告の前訴事件の提起は、仮に被告においてBから、同人が原告から騙され、手ごめにされ、脅迫されて同人のパスポートを取り上げられたうえ、暴力を使われて同棲生活を強要されていたとの話を聞いて、これを信じたとしても、被告が主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠き、かつ被告において、そのことを知りながらあえて訴えを提起したものであるというべきであって、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠いたものと認めるのが相当である。

二  争点2について

1(一)  証拠(原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、前訴事件の提起・追行を本件原告代理人に委任し、平成三年一〇月三一日に着手金として五〇万円を支払い、前訴事件の終了後の平成五年三月三一日に報酬金として六〇万円を支払ったこと、右着手金・報酬金については、前訴事件における請求金額である四八三万円を基準にして決められたことが認められるところ、日本弁護士会報酬基準(平成四年三月七日改定)によれば、手形・小切手訴訟を除く訴訟事件について、着手金・報酬金の額は、それぞれ、当該事件における経済的利益の価額を基準にして、別紙のとおり一定の比率を乗じて算定される一方、右着手金・報酬金それぞれにつき三〇パーセントの範囲内で増減が許容されていることが認められる(甲五二)。そうすると、右四八三万円の経済的利益の価額からすれば、概ね三四万円から六二万円が右報酬基準に定める着手金・報酬金の相当額であることになるところ、他方、証拠(乙一)によれば、原告とAは平成二年五月二三日に協議離婚届を提出したことが認められるが、平成四年四月一日付けの住民票の写し(乙第一一号証)によれば、原告とAは離婚の前後を問わず同じ住所地(埼玉県上尾市中妻〈番地略〉)において住民届がされていること(右住民票上の世帯主は原告であり、同票上のAの続柄は妻から同居人と修正されているが、右は原告とAが離婚した平成二年五月二三日の戸籍届出により修正されたものであることが認められる。なお、Bが原告の許を去ったのは、前記のとおり平成二年七月であった。)、証拠(乙一)によれば、前訴事件において原告が依頼した訴訟代理人は、Aが提起した第一及び第二事件の訴訟代理人でもあったことが認められることからすれば、原告が前訴事件において支払った弁護士費用が、単に前訴事件のためにのみ支払われたものであるとはにわかに断定し難い。以上を総合すると、被告の不当訴訟により原告が被った損害としての弁護士費用のうち相当因果関係内にあるのは、着手金及び報酬金それぞれ三五万円の合計七〇万円であると認めるのが相当である。

(二)  次に、原告の慰謝料請求についてみるに、原告は前訴事件の提訴を受けたうえ、前訴事件等で被告本人として尋問を受けたことが認められる(乙一、原告本人。もっとも、前訴事件は、前記第一、第二及び第四事件と併合審理されていたものであるところ、原告に対する尋問が前訴事件のためにのみ行われたものであったかどうかについては断定し難い。)ところ、一般に不当提訴によって被告とされたことによる精神的苦痛は、当該訴訟に勝訴することによってほとんどが慰藉・回復されると解されることに加え、前訴事件の提訴は原告がAと婚姻関係にありながら、Bと同棲関係を持つに至ったことに縁由を発することを総合すると、原告が前訴事件を提起されたことにより被った精神的苦痛を慰謝するには、一〇万円が相当である。

2  右によれば、原告が被った損害額は、合計八〇万円と認めるのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告の請求は、原告が被告に対し、金八〇万円並びに内金一〇万円(慰謝料相当額)に対する不法行為が行われた日である平成三年八月二三日から、内金三五万円に対する前訴事件における右同額の着手金が支払われた日より後の日である平成三年一一月一日から、内金三五万円に対する前訴事件における右同額の報酬が支払われた日である平成五年三月三一日から、各支払済みまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官八木一洋 裁判官野々垣隆樹)

別紙〈省略〉

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